マンガ
パラリパラリー「猫のあいさつ」
パラパラ漫画って小学生の頃、教科書やノートの端に描きませんでしたか?
つまらない授業の時の暇つぶしにうってつけでしたよね。
・・・・こう書き出すと収まりがいいかなぁと思ったのですが、やっぱウソはいけませんね。
私は絵心が無いのでパラパラ漫画描いた事は一度も有りません(笑)
それどころか描こうと思ったことさえ有りません(笑)
絵の上手い同級生が描いたのを感心して眺めていたような記憶は残っていますが。
そんなパラパラ漫画に縁の無い私が「猫のあいさつ」浅生ハルミン著を手にしたきっかけは貰ったから。
他愛もないと言えばそれまでなんですが、ネコの動きが良く再現されています。
特に一旦近づいて挨拶してからの遠ざかっていく一連の動作が如何にもネコっぽい。
作者の浅生ハルミンさんはネコのイラストや漫画で有名な方らしいのでよく観察しているのでしょう。
作中でネコがべロリと舌を出すシーンが有るのですが初めて見たときはページを飛ばしてめっくてしまい、猫がゲロを吐いてしまったのかと思いました(笑)
秋の心地よい気候の中、何の気なしに「猫のあいさつ」をパラパラめくれる時間を持てる事は幸福ですね。
感謝、感謝。
同著「私は猫ストーカー」は映画化されていて、たしか星野真理主演。見てみようかな。
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2011.10.04 コメント(0) トラックバック(0)
久振りの更新の割には短い・・・―伊藤潤二の猫日記 よん&むー
最近、よく漫画読んでいます。
その中でぶっちぎりに面白かったは「虫の歌」と「弥次喜多 in DEEP」なのですが、当blog的には「伊藤潤二の猫日記 よん&むー」を取り上げるのが適当かと。
喜劇と悲劇は似ていると言われますが、ある事象が過剰に動く点では、ホラー物も一緒といえるでしょう。
だから、ホラーの大家がギャグ漫画をかいても不自然は無い訳で。楳図かずおの例も有りますし。
内容としては犬派だった筆者が猫派の奥さんとの結婚を期に猫と暮らし羽目に陥り、徐々にカワイさに嵌まっていくというストーリー。
タッチは当然、恐怖漫画風で内容のほのぼのさとギャップが売りといった所です。
それなりに笑わせてくれる本書ですが、読んで感じたのは、伊藤氏の文才です。
所々に挟まれている読者とのQ&Aが面白い。力まず、サラっと笑わせる。エッセイを書かれたら、是非読んでみたい。
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2010.04.23 コメント(0) トラックバック(0)
出鱈目なりに生きる―「僕とポーク」
百円で買ったほしのよりこ「僕とポーク」を取り上げます。
本作は中編集で、出来がいいのは表題作。他も悪くは無いですが、「僕とポーク」はずば抜けてよい。
ほしのよりこといえば、猫村さんですが、僕とポークも全然負けてないと思います。
作品で描かれてのは、今までも、今も、これからもずっーと係わり続けなきゃいけない例のヤツ。
ずばり「人生」。
すぐに「人生ってさあー」とか言う人や作品は要注意なのですが、本作は別。
主人公ボクの少年時代から結婚するまでが描かれているのですが、主人公はよく悩みます。
親に食べ物を残すなと怒られては、悩み。自分がブーちゃん(ブタ)を飼う意味は?と悩み。なぜ同級生の女の子がやたらと声を掛けてくるのかと悩みます。
一方、悩み割にはブーちゃんに食事を持って行くこと以外は何にもしません。
受験勉強もさしてせずに大学へ入り、入ったら入ったで格好だけでテニスはやらないテニス風サークルに所属。先生になると決意したと思ったらあっさり諦める。
かと思うとしっかり女の子を捕まえて結婚してしまう。
主人公に限らず、本書に登場する人物達は何処か出鱈目で、胡散臭い。でも彼らは悪い人間ではない・・・どころか自分達なりにより良く生きようと懸命に頑張っている人々なのです。と言っても一所懸命ではなく程々にですが。
俯瞰してみれば、私を含めた人間はすべからず出鱈目な事ばかりやっているのかもしれません。
でも、そんな人間の人生を見つめる作者の目は口元に半笑いを浮かべつつも優しい。
それは本書の最後に収録された鳥達の無責任で楽天的なセリフにも出ていると思います。
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2010.04.07 コメント(0) トラックバック(0)
我関せずなポチに込めた作者の想いとは?―「ののちゃん」
我が家では昔から朝日新聞をとっていまして、その朝日新聞の朝刊に連載されていた「ののちゃん」が22日から休載となっています。
理由は作者いしいひさいち氏の病気療養の為。
時たまの不条理というか意味不明な回に目を止める程度で「ののちゃん」の熱心な読者と言えない私ですが、休載直前の回は大変興味深く読ませて貰いました。
どういった話かと言えば、誰もいない筈の山田家から物音がすれども、一人お留守番のポチは俺は知らないと自分のハウスの扉をピシャリ閉めてしまう。
まるで休載騒ぎを揶揄しているかのよう。そう見ると意外と元気なのかなとも感じます。それとも体調の悪い中でのいしい氏の精一杯の諧謔なのかも。
どういった病気か公表されていないのですが、いずれにせよ早く回復するとよいのですが。
ついでに夕刊に連載されているしりがり寿の「地球防衛家のヒトビト」について一言。
何故、朝日新聞は依頼して、何故しりあがり寿は受けたのだろうか?
不特定多数の読者に向けて作品を発表するタイプの作家では、無いのだろうにといまだに感じる。
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2009.11.25 コメント(0) トラックバック(0)
サバフィルター ―「サバの秋の夜長」「サバの夏が来た」
以前とりあげた「グーグーだって猫である」ではグーグー達それぞれに向けられていた筆者の愛情が今回とりあげる「サバの秋の夜長」「サバの夏が来た」ではサバだけに注がれてグッと濃密になっています。愛情を向けるというよりも筆者とサバが一体化しています。
読み味も同じで色々なネコちゃんを愉快に眺めていたのならサラッとした前者、筆者の複雑な内面を垣間見たいなら後者といったところでしょうか。
筆者にとってサバは世界を見つめる為のフィルターであり感情を増幅させる装置のようです。
湾岸戦争で犠牲になる人々や動物をサバに見立てて悲しみ、サバの避妊手術が終わるのを待つ間にみた、美しい桜フブキをツミとバツの桜フブキだと落ち込みます。
サバは悲しみだけを増幅させるわけでは有りません。
サバについているノミを通してグローバルな視点に立ち(これだけだと何のことやらですが、とても楽しいエピソードです。)、ひさしぶりの雨をサバの静電気が収まると喜びます。
サバというフィルターを通して描かれる世界はどれも繊細で非常に美しい世界です。
残念なことにサバが亡くなってしまいこの世界は失われてしまいますが、それはグーグー達との出会いの始まりでもあり、物事は複雑で一見しただけでは全容はわかりませんね。
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サバの秋の夜長 (白泉社文庫) 大島 弓子 白泉社 2000-03 by G-Tools |
2008.08.25 コメント(0) トラックバック(0)
もう人には見えない―「グーグーだって猫である1~4」
手塚治虫文化賞(短編賞)をとり映画も公開予定の何かと話題の大島弓子著「グーグーだって猫である1~4」を周回遅れながらやっと読みました。といっても実際に買ったのは、2ヶ月位前で3、4軒書店をまわっても2巻と3巻しか置いてなくて、全巻を手に入れるのがタイヘンでタイヘンで。
売れているをわが身を持って知りしました。
私にとって 「大島弓子」「ネコちゃん」でパッと浮かぶのが「綿の国星」「サバ~」シリーズでしたので「ネコちゃんを擬人化しないのかぁ」が第一印象。読み進めていく内にそれも納得でした。
サバが著者にとって友人であり、家族であり、恋人?であり(サバは女の子なのですが男の子のように描かれている)そして著者自身を写す鏡であったのに対してグーグー達は何処までも行ってもネコちゃん。ネコちゃんとして付き合いネコちゃんとして可愛がり責任を持って飼っています。
何故、付き合い方が違うのか?反省しているからでしょう。自分の事にかまかけてサバの面倒をちゃんと見てやれなかった。あの時ああしていればサバはもっと長生きできたのでは?もっと幸せにしてあげられたのでは?と。
だからグーグー達にはしっかりと飼おうと全力を注いでいます。自身の内面を安易に投影せず一匹の「ネコちゃん」としてネコちゃん自身の気持ちと向き合い続けた結果が擬人化無しの表現に行き着いたのでしょう。
著者が必死になってグーグー達と向き合っている姿はサバに対する贖罪のようで切なくなってきます。もちろん贖罪だけではそれぞれのネコちゃん達をあれだけカワイく特徴豊かに書き分けることは出来ないでしょうし、マンガ全体から感じられるネコちゃん達への眼差しはとても愛情に満ちています。
それでも過度に繊細な著者(反面とても頑固でもありますね)のサバに対する深い深い後悔と反省を思うと胸が痛みます。
私はペットシッターとして様々なお宅にお伺いしますが、飼い主さんとペットの絆は一様にみんな固いものです。
私にもなついてくれますが、やはり飼い主さんとは特別だなと感じます。
著者には肩の力を抜いて自分を赦してやって欲しいです。サバは著者と暮らせて間違いなく幸せだったのだから。
追記 タイトルは「我輩は猫である」からきているのでしょうか?勝手にサバは大切なネコだったけどグーグーだって大切なネコであると想像しているのですが・・・考え過ぎでしょうか?
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グーグーだって猫である 大島 弓子 角川書店 2000-07 by G-Tools |
2008.08.04 コメント(0) トラックバック(0)






